南房総和田町のお花栽培の歴史
間宮七郎平

南房総はお花の産地として有名なまち。
その始まりは、現在の南房総市和田町で生まれ育った
間宮七郎平(まみや・しちろうべえ/1893~1958年)のお花づくりです。
薬剤師としてのキャリアを目指して上京した七郎平でしたが、
父親の死がきっかけで一家を支える立場になった彼は、実家の農家業と、
長年苦労して学んだ薬剤師としての知識やスキル、その両立を模索し続け、
ついに辿り着いたのが『お花づくり』への道でした。

  • お花づくりの始まり

    1919(大正8)年、この年初めて館山まで鉄道が開通したことで、南房総と大都市・東京との距離は急速に縮まり、 少しずつお花づくりが盛んになってきました。しかしその当時、お花づくりに対する世間の風当たりはまだ強く、七郎平は「食えもしない花などつくり、 道楽息子が…」などと罵られもしましたが、やがて敷設される和田浦駅からたくさんの花俵が列車に揺られ送り出されることを夢見ていました。

  • 和田町観光協会のお花畑

    和田町観光協会のお花畑

  • お花づくりの成功

    1922(大正9)年、親から反対され、また村人から嘲笑されながらも一念を貫き通してきた苦労がようやく実り、ついに東京都内の生花店との正当な取引が始まりました。 七郎平にとっては、半農半漁を営んでいた人々の貧しかった生活が救われることが、なによりもうれしいことだったといいます。 そしてこの年、ついに念願の和田浦駅が開通し、いよいよ和田町のお花づくりは盛んになっていきます。

  • 現在のJR和田浦駅

    現在のJR和田浦駅

  • お花づくりの工夫

    お花づくりを成功に導いた七郎平は、昭和初期の不況にもめげず、次の10年で、生花組合の創設、新品種の導入、栽培地域の拡大、日本で初めてのストックの温室栽培成功、 新会社設立、地方新規市場の開拓、花栽培に興味を持つ若者への支援など、当時のお花づくりにとって数々の偉業を成し遂げました。
    そして1933(昭和8)年、七郎平は新たに花木の山岳栽培に乗り出しました。彼は従業員とともにみずから鍬を握り、花園の裏山の堰の周りを開墾し始め、 谷間の小さな堰を囲むようにしてつくったその農園を『抱湖園』と名付けました。「『花園』という地名にふさわしい桃源郷にしよう」。 彼が想い描いた大きな夢は実現となり、いまでは椿や元朝桜が咲き乱れ、まさに桃源郷を思わせる美しい眺めとなりました。

  • 晩秋の抱湖園

    元朝桜が咲いた早春の抱湖園

  • 戦争とお花づくり

    1941(昭和16)年、太平洋戦争が始まりました。勝ち戦は長くは続かず、1944(昭和19)年になると戦況は一変、食糧が乏しくなってきたため、千葉県では花が作付禁止作物に指定され、 それに取って代わってさつま芋や麦が植えられるようになりました。「食べることのできない」お花に対する取り締まりは非常に厳しく、 苗や種も残らず焼却されました。七郎平も戦時下のこの国策には逆らえず、いままで大切に育ててきた花々をみずからの手で抜き取らなければならなくなり、 こころもちぎれる想いでこの作業に取り組んだと伝えられています。

  • 抱湖園から見える和田の海

    抱湖園から見える和田の海

  • 戦後とお花づくり

    1945(昭和20)年、苦しかった太平洋戦争も終わりを告げ、和田町ではまたお花づくりが始まりました。一時は残らず絶えたと思われていた球根や種でしたが、 人々は物置の隅に眠っていたものを見つけ出してきたり、こぼれ種が芽を出しているのをそっと畑へ植え替えたりして、少しずつその数を増やしていきました。
    そして終戦翌年の1946(昭和21)年、お花づくりの再興を切望した和田町の人々は、七郎平をまちの農業会長に迎え、みなが一丸となってその復興にあたりました。 戦後数年は、人々は花などを買うゆとりもなく、その需要は伸びませんでしたが、それに耐え、その後1950(昭和25)年ころからの経済の復興によって、 また1953(昭和28)年の天皇皇后両陛下の千葉行幸の折、和田町のお花づくりをご覧になられたことが契機となって、ついに和田のお花づくりは再び開花したのでした。

  • 天皇皇后両陛下行幸記念碑

    天皇皇后両陛下行幸記念碑

  • 1954(昭和29)年、和田町生花組合はこの年の初めに祝賀会を催し、功労者として七郎平の長年の苦労をねぎらいました。現在も花園の天皇行幸記念碑の隣に佇む彼への功労碑には、 「わが和田浦は、四季百花繚乱のお花畑である。その華麗なる蔭に老輩の歩んだ苦難の道の残ることを銘記すべきである…」と記され、いまは亡き七郎平の偉業と功績が大きく讃えられています。

    (参考資料:『間宮七郎平と和田の花』和田小学校社会科研究部発行)

  • 間宮氏の偉業を讃える功労碑

    間宮氏の偉業を讃える功労碑

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